今日もネタはない。
が、しかし、意外にも昨日の記事に食いついた人が多かったので、コメ返しだけでネタになりそうなので、、、
これで勘弁してつかぁさい;;;;;;orz
や、でも非常に興味深い内容ですよ!僕は大好きです!!!
・・・まあ、これを読んでいる貴方が好きとは限りませんけどね(・з・)
先に落書きを。今日はめずらしくチビキャラです。久々です。FAの副会長さんですw

ではコメ返しですw
剣風さま
>またりと意見をば(軽く流してください)
軽く流せませんでした;;;;
>心理(心)という見えない部分には上から
>超自我(理性的な部分)
>自我 (理性を補助)
>イド(エス) (本能)
>がありピラミッド状だと考えてください
>てっぺんの三角が超自我と自我
>あとは潜在意識なのでイド・エスでありこれが9割です
>要するのこのてっぺん部分で人間はあれこれ考えて行動している訳です
ほぉ。。。全然知らなかったです;;;
>前置きはこのくらいにして、ではどうして「誰でもその可能性がある」事が正しくはないのか
>それはつまり境界線の問題です
>しかし、犯罪者達はその歯止めがないのです
>確かに育ってきた環境や人間関係・性癖など要因は多々あるのでしょうがそれは可能性であって結果ではないのです
>普通の家庭に生まれてきて、普通に育って、人間関係良好で困った性癖などない人でも
殺人犯になる事はあります
>つまり
>生まれてきた時点で、境界線がある人とない人がおり
>境界線がある人は、どんな環境で育とうがデッドラインは超えません
>逆に境界線が無い人は、どんな環境で育とうがデッドラインを超えることが出来ます
>なので
>誰でも殺人の可能性があるというのは半分正解であり半分は不正解( `・ω・´)
>正解というのは、その境界線の有無は他人から見えませんので
>結果私たちから見れば誰でも殺人犯になりえます
>しかし
>不正解の部分では、私たちが見えないだけで、生まれてきた時点で
>理性の境界線はあるので
>結果、誰でも殺人犯なれる訳ではなく、あらかじめなる人は決まっているのです
確かに境界線はあると思います。
殺人にかぎらず、ほとんどの物事には境界線があると思います。
しかし、デッドラインの定義は殺人を犯したあとにわかるんですよね?
生まれたときからそのラインがある人ない人がいる、というのはどのような分析からなのでしょうか?
もしかしたら、生まれてからの生活環境や人間関係によってそのラインができるということはないのでしょうか。
人間の人格は生まれたときから母親などの身近な人間がどれだけ話しかけたとか、本の読み聞かせなどでも影響を及ぼすと以前本で読んだことがあります(これも正しいとはいえませんが)
この記述が正しいなら、デッドラインは生後に決まるとも考えられると思います。
それに、デッドラインがあるにせよ、その前に兆候ぐらいあるのではないでしょうか。さすがに自分で自分の手をわざと切ってみるような子供がいたら、親は不審に思うでしょう。そういったラインがあるからこその不自然はないのでしょうか。あれば、周りも「普通の人」とはいわないでしょう。
また、分析などでそのラインのあるなしが判断できるのなら、なぜ殺人事件が起こるのでしょうか。
あとデッドラインの定義づけが生まれる以前から決まっているのなら、今度はそれを調べるべきなのか、知るべきなのか、などの問題につながりますよね。。。
そのあたりのことのしがらみで防げないでいるのでしょうか?
こういった面から、僕はデッドラインの定義づけは事後にしかできないものだと考えます。
そして、デッドラインが見えない上に分析などで判断がつかない代物なら、結局は「犯罪を犯した人」と「犯していない人」を後からわけることになるので、やっぱり誰でもなりえるはそうだと思います。
>長くなりましたが分かりましたか(汗
うーん、わかったようでやっぱりわかんなあったです;;;
>心理学ですな( ̄∇ ̄
心理学難しいです(;_;)
>長文すいません、うんちくごめんなさいorz
いえいえ、とっても楽しかったです!また是非教えてくださいvV
いや〜、勉強になりますね!(僕がちゃんと吸収できているかは疑問ですが;;;
やっぱりちょっとした本ではなく、本格的に心理学習ってみたいですねぇ。。。
僕はいまある知識だけで考えているので、心理学を学んだらきっと大きく見解が変わるんでしょうねぇ。。。
楓お兄さん
>わたしをりょうじょくしてぇ〜♪\(^O^)/
?りょうじょくってなんですか??
>人間やっちまうものはしょうがない。別に殺人犯そうが何しようが生きている事事態が罪なわけで。
>何やってもオッケー\(^O^)/
・・・ここは止めるべきなんでしょか。。。(・Д・;;
>秩序やら法律やら人間が勝手に決めた良心にか過ぎない\(^O^)/
>とあるおとぎ話で「神様が地球上の生物に一つだけ願いを叶える。だから話し合って決めなさい」という慈悲深い話があります。
人間は自然を戻すとか自己利益な意見を出す。
結局自然を直すという意見で願ったが結果的には人間以外の生物の願い「人間の滅亡」で満場一致。
ほぅ。。。それは興味深い。
おとぎ話なんて所詮人間が書いたものですから、ある意味動物の総意というよりも一部の人間の考えを代弁なんでしょうねぇ。。。
>人間なんか滅んじゃえばいいんだよね\(^O^)/
最終的にはみんな滅びますよw
>所詮地球の存在なんて人間原理なんだし観測する者がいなければ消滅と変わらない。
今後滅亡に向かう地球の中で苦しみながら死ぬくらいなら集団心中で潔く舞台を去るのもいいかもの\(^O^)/
ん〜、どうでしょうねぇ。。。
僕は中学生ぐらいのときに、人間の存在意義について考えたことがあるんです。
で、最終的に考えた出した結論は、地球の一時的な破壊、つまり地球をゼロに戻すことです。
生物は必ず滅んでいきます。そしてそうあるべきです。
そして、人間はなぜかいままでの生物とは違い、頭があり、この短期間で(人間が生まれたからの年数ね)で地球を滅茶苦茶にできる技術を持ちました。
そこで考えたのは、二つです。
先ほど言った、地球をゼロに戻すこと。そして人間が地球の、人間でいうがん細胞であることです。
えっと、まず後者を説明しましょうか。
人間が地球のがん細胞である。
つまり、人間は自分と、ほかの動物の形を基準におくので、違和感があるかもしれませんが、地球を一つの生物、一つの個体と見たとき、当然のことながら、人間や動物みたいな形はしていませんよね?
でも、人間にも菌や寄生虫などがたくさんいるように、人間のそれが地球でいう僕らである可能性も否定できないんです。
そして、人間は生まれてきてあまり年数経ってないのに、一つの種だけでもう地球を蝕んでいますよね。
こうなったとき、僕らの体で表現するなら、がんに似てるなって思ったんです。
だから、人間は地球のがん細胞なんじゃないかって。
でも今はもう一つの方に傾いてますけどね。
もう一つは地球をゼロに戻すため。
これはなぜかというと、今地球温暖化が問題になってますよね。
この僕のか細い知識でこれを説明するのは大変心もとないのですが。。。
僕がN(はれんち☆学園計画の一人)と話たんですけど、地球って、昔からすごい年数の単位で酸素と二酸化炭素の量が交互に入れ替わってるんですよ。
ある時期二酸化炭素多くて酸素が少ない、また入れ替わって今度は二酸化炭素が少なくて酸素が多い。これを今まで何度も繰り返しているんです。
つまり、地球温暖化はこれからの「二酸化炭素が多い酸素が少ない」への移行が始まった兆候ではないかと考えるわけです。
だって、温暖化で困るって言っても、それは人間と今生きている生物の話でしょ?
いままでものすごいかずの生物・種が絶滅と進化を繰り返してきているんです。
だから、絶滅しないほうがおかしいんですよ。
それを、人間が人間の目線から種の保存を!って叫んでるだけなんですよ。
確かに、移行のスピードが速いのかもしれません。けれど、なにもかも全く同じということはないでしょうし、人間からはや!っと思っても、地球からみれば、ビビたるもんです。
ようするに、人間の種の保存と、人間の自己満足を考えなければなーんの問題もないわけですよ。
まあ、確かに人間がこの問題について疑問を持つということは、人間の意義という意味からみても大変興味深いことではありますが、、、
まあ、そんなわけで僕は楓お兄さんの意見にこの点に関しては賛成です。
でも何をしてもOKというのはうなづきがたいですけどね。
>……なんの話に来たんだ?(´・ω・`)
それを言っちゃぁおしまいですよ。。。
なんかまともにかけたか不安;;
おかしいとこ&ご意見ご感想あったらどんどんお願いします!!
ある意味水野育成計画??(え;